ホラー日記だお

素敵な映画たち

笑いと音楽溢れるコーエン8作品目『オー・ブラザー!』(2000)

オー・ブラザー!』(2000) 

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 ツルハシが岩を砕くリズミカルな音とそれに乗っかりながら囚人達が歌を歌う。囚人達によるインフラ整備なのだろうか。そこから少し離れた所で隠れながら走って逃げる3人の男エヴェレット(ジョージ・クルーニー)、ピート(ジョン・タトゥーロ)、デルマー(ティム・ブレイク・ネルソン)が今作のメインキャラである。この3人が目指すのはエヴェレットが昔120万ドルを埋めた場所。だがその場所は人工湖の建設予定場所であと4日で大金が水の底に埋まってしまうのだ。車もないこの3人は果たして間に合うことができるのか!?という監督コーエン兄弟が贈る豪華キャストによるほのぼのロードムービーである。  

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  見渡す限り畑が続き、いかにもアメリカならではのど田舎な風景が広がる中、彼らはピートの甥から盗んだ車で走行していた。しばらくするとある十字路でヒッチハイクをしている黒人の青年を見つけ、何の疑いもなく彼らは車に招き入れる。彼の名はトミー(クリス・トーマス・キング)といい、悪魔とギターのテクニックと引き換えに魂を売ったと話す。そして彼はこう続ける、「歌を歌って気に入ってくれたら金をくれる場所がある」と。金に困っていた彼らは黒人のトミーと共にその場所を目指す。

 そして彼らが着いたのはラジオ局。中にいたのは盲目のラジオパーソナリティ1人。トミー含め彼らは”ズブ濡れボーイズ”という名でマイクの前に立ちレコードに歌を残す。この歌がのちに彼らの運命、そしてこの片田舎にいる人々の運命を変えるものだとは知らずに.....。

 

 

 今作の舞台となっているのは1930年代後半のミシシッピ州の片田舎

 ミシシッピ州といえば今作でもたくさん歌われているゴスペル、カントリーミュージック、ロック、ジャズが生まれた聖地であり、当時白人と黒人の人口比はほぼ同じでありながらアメリカに属している正式な州の中で一番最後まで奴隷制廃止に反対を唱えていた白人至上主義を根強く掲げる差別的な南部の州でもある。

 そして30年代アメリカといえばちょうど世界恐慌で多くの負債と失業者を抱えていた暗黒の時代であり、今作のミシシッピ州では彼らの旅の裏側で保守派のパピー(チャールズ・ダーニング)と改革派のホーマー(ウェイン・デュバル)の2人による州知事選挙運動が行われていて、市民の多くは改革派を支持しており、やはり今この現状に人々は不安を抱いているということが説明がなくとも分かる。

 そんな不況、差別による不安定な土地、時代に生きる人々を彼らは変えるのである。具体的にいうと ある日ラジオで流れた”ズブ濡れボーイズ”の歌が彼らの一抹の不安を払拭し、その歌に皆が熱狂するのである。

 

  今作の筋書きはホメロス叙事詩である『オデュッセイア』とほぼ同じである。詳しいことを言うとネタバレになってしまうので控えるがまあ大雑把に言うと自分の妻に言い寄る野郎をぶち殺すという話。(言っちゃった.......。)

 しかし『オデュッセイア』と『オー・ブラザー!』の二つでは決定的に違うことがある。それは前者は武力を行使して、後者は歌の持つ力を行使して問題を解決する。

 

 彼らは最後、投票権を持つ比較的裕福な白人達の前で歌うのだがその時の相貌が泥まみれでその時代では差別の対象となっていた混血種(白人と黒人の子供)のように見える。しかしそんなことはもはや誰も気にしていない。

 人々は心の奥からその歌に感動をし魅了されているのでその歌を歌うものが誰であれそんなのはどうだっていいのだ。

 

  今もなお続く黒人と白人の問題。しかし昔よりかは黒人に対する理解度が大きく変わってきている。その大きな歩み寄りの要因の一つは”音楽”であった。60~70年代のアメリカの若者は不安や怒り、鬱憤を晴らす捌け口を必要としていた。そこで見つけたのがR&B、つまり黒人音楽である。音楽の前では人種など関係ないということを歴史が実証しているのだ。

 

 もしかしたら過剰な理解かと思うが音楽はどのジャンルであっても普遍的に人々を変える力を持っているということを改めて感じた映画であった。

 まごうことなき傑作!!!!

 

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